管理監督者
2021.02.08
「管理監督者」は経営の必須知識 有効に運用するための3要件
部長や課長などを幅広く指すいわゆる”管理職“と、労働基準法における「管理監督者」とは、言葉こそ似ているものの、明確な違いがあります。管理監督者の定義を正しく理解していないと、知らず知らずのうちに労働基準法に違反してしまう可能性もあります。
ここでは、「管理監督者」の定義と導入時の留意点について、事例をご紹介しながら解説します。
管理監督者とは 労働基準法上の効果
労働基準法41条では、監督もしくは管理の地位にある者(通称「管理監督者」とよばれる者)について「労働時間等に関する規定の適用除外」を定めています。
(労働時間等に関する規定の適用除外)
第四十一条 この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
一 別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者
二 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
三 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの
これにより、管理監督者は「労働時間・休憩・休日」の3項目について、労働基準法の適用を受けません。
これはつまり、次の制限がなくなることを意味します。
○労働時間:1日8時間、1週40時間を超えて労働させてはならない(法定労働時間)
○休憩:1日の労働時間が6時間を超える場合は45分、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を与えなければならない
○休日:毎週少なくとも1日の休日を与えなければならない(法定休日)
○割増賃金:法定労働時間を超え、または法定休日に労働させた場合は、決められた割増賃金を支払わなければならない
一方で、深夜労働の割増賃金と年次有給休暇については、管理監督者であっても労働基準法の適用をうけます。
管理監督者についても、深夜(22時から翌朝5時まで)に働いた分の深夜割増賃金は支払う必要があります。また、年次有給休暇も一般労働者と同様に付与する必要があります。
また、管理監督者は労働者の過半数代表者になることはできません。36協定や就業規則作成時には注意してください。
管理監督者制が有効であると認められるための3要件
管理監督者に該当するどうかは、役職名ではなく、実際の職務内容と権限、責任、勤務態様等の実態によって判断します。管理職に就いているから管理監督者、とは限りませんので十分に注意してください。
管理監督者が有効であると認められるためには、次の3点を満たしている必要があるとされています。
(1) 職務の内容、権限、責任
労働時間・休憩・休日等に関する規制の枠を超えて活動せざるをえない重要な職務内容を有していること、会社の経営方針や重要事項の決定に携わり、労務管理上の指揮監督権を有していること、また、労働条件の決定その他労務管理について、経営者と一体的な立場にあり、労働時間等の規制の枠を超えて活動せざるを得ない重要な職務内容を有していること、などが要件となります。
自らの裁量で行使できる権限が少なく、多くの事項の決裁を上司に仰ぐ必要があり、命令を部下に伝える役割を担うだけなのであれば、管理監督者には該当しません。
具体的に、採用・解雇・人事考課などの人事権限がない場合や、シフトの作成・時間外労働の命令などの労働時間の管理に関する責任と権限がない場合については、管理監督者性が否定されます。
(2) 出退社などについての自由度
自らの出退勤について、裁量を有している必要があります。現実の勤務が労働時間等の規制になじまないものや、時を選ばずに経営上の判断や対応が要請され、労務管理において一般労働者と異なる立場にあることが要件であるためです。労働時間について厳格な管理をされている場合は、管理監督者に該当しません。
遅刻、早退等により減給の制裁、人事考課でのマイナス評価など不利益な取り扱いがされるような場合は、管理監督者性が否定されます。
一方で、過重労働による健康障害防止や深夜業に対する割増賃金の支払を目的として、労働時間の把握や管理が行われていることは、管理監督者性の否定要素にはなりません。
(3) 地位にふさわしい処遇
賃金やその他の待遇において、職務の重要性から一般労働者と比較して、相応の待遇がなされていなければなりません。
長時間労働を余儀なくされ、時間単価に換算した時給が最低賃金を下回ったり、パートやアルバイトなどの短時間労働者の時給に満たなかったりする場合などは、管理監督者性は否定されます。
この時間単価は極めて重要な要素であり、管理監督者に当たるか否かの判断において大きな意味を持ちます。
「課長職には残業代を払わなくても良い」は誤解〜名ばかり管理職
“名ばかり管理職”とは、これまでに見てきたような要件を満たさないにもかかわらず、「管理監督者」として扱われている管理職のことを指す言葉です。
管理監督者の定義が正しく理解されておらず、管理職という立場にあるということだけをもって、労働基準法41条の労働時間等に関する規定の適用除外である(=残業代を支払わなくて良い)と誤解されていることは非常に多いです。
それによって、未払残業代の支払いを争う問題が発生しています。代表的な事例をいくつかご紹介します。
(1) 日本マクドナルド事件
店長の地位にある者が、未払残業代などの支払いを求めた裁判です。
店長の権限が店舗内だけのものであり、経営者と一体的な立場であったといえる職務や権限がなかったこと、シフト勤務で無報酬の長時間労働を強いられており、労働時間の裁量があったとはいえないこと、賃金についても下位の職位とほとんどかわらず厚遇されているとはいえなかったこと、などを根拠に、「管理監督者」には当たらないとして、会社側に割増賃金の支払義務があるという判決が出されました。
過去2年分の未払残業代など約750万円の支払いが会社側に命じられました。
(2) 育英舎事件
学習塾を経営する企業の本部営業課長職にある者が、未払残業代の支払を求めた裁判です。割増賃金の支払義務があったか否かが争点となりました。経営に参画していたとは認められないことや、タイムカードで出退勤を管理していたこと、待遇も一般社員と比べて優遇されているといえないこと、などを理由に「管理監督者」に当たらないとして、会社側に割増賃金の支払義務があるとの判決がでました。
過去2年分の未払残業代など約360万円の支払いが会社側に命じられました。
(3) アクト事件
飲食店のマネージャーの地位にある者が、時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金の支払を求めた裁判です。割増賃金の支払義務の存否が争われました。
部下の査定の決定権限がなく、勤務時間に裁量もなかったこと、アルバイト従業員と同様の業務にも従事しており、賃金も厚遇されているといえなかったことなどから、「管理監督者」に当たらないとして、会社側に割増賃金の支払義務がある、との判決が出されました。
近年の判例や動向
『管理監督者性』については、近年の判例でも争われています。
(1) 日産自動車事件(横浜地判平31・3・26)
課長職の地位にある者が、割増賃金の支払いを求めた裁判です。給与面では年収1200万円の待遇で、遅刻や早退の賃金控除はなく時間管理にも裁量はあった一方で、部長の補佐的な立場であり、会議での発言権がなかったことなどから、重要な職責と権限がなく、経営者と一体的といえないと判断され、管理監督者として認められませんでした。
東京地裁は約360万円の割増賃金の支払いを会社側に命じました。
出典:労働新聞社「日産自動車事件(横浜地判平31・3・26)」
(2) ジー・イー・エス事件(大阪地判平31・2・28)
部長職の地位にある者が、割増賃金や退職金の支払いなどを求めた裁判です。労務管理の権限を有さず経営への参画要件を欠くとして、管理監督者には該当しないとされました。請求した割増賃金の一部が認められた一方で、認められなかった部分は「労働時間の認定」がポイントとなりました。つまり、帰宅時間の客観的証拠がなく、配偶者の手帳に記された時刻については正確性が担保されておらず、会社側の確認もないとして、信用性が否定されました。
ただし、妻に帰宅時間を知らせるメールの送信時刻は十分信用できるとされました。
管理監督者性はもとより、労働時間の算定の証拠の認定、という点で参考になる事例と言えます。
出典:労働新聞社「ジー・イー・エス事件(大阪地判平31・2・28)」
(3) 恩賜財団母子愛育会事件(東京地判平31・2・8)
医長の地位にある者が、勤務先の病院に対し、割増賃金の支払いなどを求めた裁判です。労働基準監督署の是正勧告を受けた病院側は、医長が管理監督者ではないことを認めて割増賃金を支払いました。その上で、割増賃金の対象とされた期間に支払った「管理職手当」の返還を求め、裁判に発展しました。
管理監督者ではない医長には管理職手当の受給権限はないとして、医長に管理職手当の返還が命じられました。給与規程で定められた管理職手当が何に対する対価であったかが判断のポイントとなりました。
出典:労働新聞社「恩賜財団母子愛育会事件(東京地判平31・2・8)」
未払残業代の時効延長もあり、誤った導入運用のリスクはますます大きい
2020年4月1日に民法が改正され、未払残業代の時効が2年から5年へと延長になりました。
以前は2年間さかのぼって勤怠実績を確認できればよかったところ、施行日以降に支払日が到来するものについては、消滅時効が5年間になります。それに伴って、管理監督者の誤った導入・運用のリスクはますます大きくなります。
時効延長にあわせてタイムカードや勤務記録表などの保存期間も変わります。(2025年までは経過措置期間とされており、①~③の時効は3年となります。)
① 賃金請求権の消滅時効
② 賃金台帳等の記録の保存期間
③ 割増賃金未払い等に係る付加金の請求期間
引用:厚生労働省
管理職と管理監督者は混同されやすく、いくつもの労働争議が発生しています。2020年4月より未払残業代の時効も延びて、誤った認識によって管理監督者制度を運用してしまうリスクはますます高まりました。
また、裁判になれば会社イメージの悪化はさけられません。”ブラック企業”などという言葉が示すように、労働者側も会社の体制や対応に敏感です。誤った制度運用が人材の流出につながることもあります。「管理監督者」にかかる理解は、経営の必須知識と言えるでしょう。
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